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現在位置:トップページから島田 清次郎(しまだ せいじろう)略年表

島田 清次郎(しまだ せいじろう)略年表

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部署名: 文化振興課電話番号: 076-274-9573FAX番号: 076-274-9546E-mail: bunkashinkou@city.hakusan.lg.jp
 
島田清次郎氏写真島田清次郎へ戻る <<
 
明治32年 2月26日、美川町字南町に生まれる。
父「常吉」、母「みつ」の長男。
明治34年2歳父〔29歳〕、海難事故で死亡。
明治37年5歳母と金沢へ出る。
母の父「西野八郎」経営の『吉米楼』の針仕事で生計を立てる。
明治44年12歳『地上』和歌子のモデル「赤倉和嘉代」に出会う。
野町尋常小学校を首席で卒業。
石川県立金沢第二中学校に進学。
明治45年13歳祖父の米相場の失敗で、『吉米楼』に住めなくなり、東京の実業家の援助を得て、明治学院普通部2年に編入。
母「みつ」が浅草の鼻緒職人と再婚。
大正2年14歳実業家と口論、一人金沢へ帰る。
大正3年15歳橋場忠三郎から感化を受け、文学に興味を持つようになり、ドストエフスキー、トルストイに触れる。
暁烏敏を訪ねたり、同人誌を計画したりするようになる。
大正4年16歳文学が思うようにいかず、母を頼り上京。長編作品を制作するが、認められず自殺を図る。そのことで母が離縁される。
大正5年17歳母と二人で金沢へ帰る。
大正6年18歳自伝的小説『死を超ゆる』を発表、好評を得る。
大正7年19歳京都へ移り『地上』の執筆を始める。
大正8年20歳評論家「生田長江」が『地上』を激賞。新潮社から刊行する。
大正9年21歳『地上』第二部刊行。
大正10年22歳『地上』第三部刊行。諸先輩に大言壮語し孤立、反感高まる。
大正11年23歳『地上』第四部刊行。小林豊と結婚。全国に講演旅行。
清次郎ブーム起こる。
米・英・独・仏・伊を視察旅行。
『地上』総売上げ50万部突破。
妻実家に帰り、長男出産。
大正12年24歳文壇での批判高まる。舟木事件が起こる。
大正13年25歳金銭に困窮。警察に逮捕される。精神不安定になる。
昭和3年29歳作品が発表され、健在ではないかと話題になる。
昭和5年 6年間の保養生活ののち、4月29日、肺結核により逝去 享年31歳。
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