呉竹文庫とは・・・・

 呉竹文庫は、手取川の河口に近い左岸に、竹と木々の緑に囲まれて、静かにたたずんでいます。タブの大木を目印に、お越しください。

 ここからは、清流手取川と白山の山並みが一望できます。

 北前船主の熊田源太郎氏が、大正11
年2月に設立した私設図書館でした。
 昭和3
年から4年にかけて別邸として改築した建物は、平成2
年から博物館類似施設として生まれ変わりました。
 土蔵を利用した書庫や書斎、さらに図書、美術品を観覧する展示室、和室や茶室などを一般公開しています。



  呉竹文庫の歴史

 呉竹文庫の設立動機を、熊田源太郎氏は、若くして家の事業を継いだが、知識欲をいかにしても制することができないので、諸書を購求して乱読し僅かに慰めており、これが私の蔵書の起因でありますと、述べていました。

 しかし、事業経営に読書の時間が減殺さ
れ、有用の書籍も場所塞ぎの無用物と何ら撰ぶところがないので友人に話して閲読を勧めていた、とも話されています。

 このような事情によって、大正4年から自らの蔵書を一般に公開し、私設図書館としての形態を整え、大正11
年2月には「財団法人呉竹文庫」を設立しました。

 以来、広く地
域文化活動の拠点として役割を果たしてきましたが、源太郎氏が亡くなった昭和10年以降は、半ば休眠状態が長く続きました。

 平成2年、本文庫の再生を図るため、嗣子卓郎氏の篤志により、旧美川町が運営の主体となり、財団法人を引き継ぎ、施設の保存、図書の閲覧と併せて美術品等の展示、さらに各種文化活動の場として活用する博物館類似施設として再出発し、現在は白山市の文化施設となっています。


 


 設立者
熊田源太郎氏(1886〜1935)について

 本文庫創立者の熊田源太郎氏(幼名 源一郎)は、明治19年に生まれ、同36年17歳のときに、父源太郎氏の他界により家業を継ぎました。
 文化人らしい温雅な気質をもって、倉庫業・運送業・銀行業・鉱山業・北海道における農場経営など実業界で活躍しました。

 一方、大地主として小作農民と融和し、協力して稲作の改良に努め、さらに地域青少年の育英のために資金を援助するなど、当時としては進歩的な考えの持ち主でありました。

 源太郎氏は、大正12年から昭和2年までの4
年間、湊村の村長を勤め、さらに昭和9年の手取川の大洪水の直後に請われて、村長に再任され復興にあたりましたが、翌10年1月、数々の業績を残し48歳の若さで生涯を閉じました。

 


 蔵 書

 源太郎氏が明治中期から昭和初期にかけて集めた書籍は、約1万4千冊あります。
 その範囲は、叢書・辞
書、宗教・哲学・教育、法律・政治、産業、理学・工学、医学、美術・諸芸・武技、文学・語学、歴史・地誌と多岐にわたっています。
 全集で揃えた初版本が多く、奥付に「非売品
」と書かれた稀少本も保管されています。








 「くれたけメイト」について

 年会費1000円で、1年間(有効期間4月1日〜3月31日)、当館に入館できます。
 会費を支払った方を「くれたけメイト」と名づけており、年度ごとに更新が必要です。
 加入手続きは、随時受け付けています。
 くれたけメイトの方には、企画展の内容を事前にお知らせしたり、「ふるさと歴史探訪」という文学・歴史関係の施設や史跡をめぐる行事(年1回)に参加いただけます。




呈茶会

 毎月、第3日曜日に午前10時から、2席の茶会を催しています。
 茶道の心得がない人でも、席入りができます。参加費は、500円です。
 1月、5月は、お休みです。

あぐら茶会

 毎月、第一日曜の午後1:30から、初心者向けの茶会を催しています。
 参加費は、1000円です。
 1月と10月は、お休みです。